東京雪合戦連盟を設立した訳は(その1)


ぶーにゃん社長
なぜ私が雪の降らない東京で雪合戦の会社を立ち上げた理由を述べる

はじめに

平昌オリンピックがはじまり、各競技で日本選手のメダル獲得のニュースを目にする度、とても嬉しく思います。 スピードスケートの高木美帆選手、スキーモーグルの原選手、ジャンプの高梨選手おめでとうございます。メダルに届かなかったジャンプの伊藤選手が高梨選手に駆け寄り祝福したシーンは心にジーンと来ました。ますます伊藤選手の魅力が引き立ち女子ジャンプ選手を思わず応援したくなります。スポーツマンシップに感謝いたします。

冬のスポーツは雪と氷がなければ、東京のような雪と縁の薄い地域では簡単に接する事ができません。スケートリンクや高速(新幹線)で遠くまで行かないとスキーやスケート・スノーボードできない環境です。年に一回有るかの積雪で漸く雪に触れ、子供なら雪だるまや雪合戦するくらいの事です。(筆者も小学校の頃、雪を投げて遊んでいました。)今では、家の周りの雪かきを専ら努めていますが…

 

きっかけはリフト待ちが長すぎた!

スキー場でリフトを待つ人の列

30年前にスポーツ雪合戦が始まった頃、バブル期でスキーブームでした。土日スキー場のリフト待ちは30分以上で私には苦痛でした。新潟県のスキー場でたまたまこの競技と出会い、月に2回のペースで仲間を誘い高速飛ばしチェーンを装着の苦労を厭わず雪合戦に夢中になっていました。その楽しい思い出を胸に50歳で見切りを付け会社を辞め、短期の米国留学や就業支援の大学で勉強してから独立起業を決心して2015年末にこの会社を設立しました。自社はもちろん株式会社です。利益を出す持続可能な雪合戦のビジネスプランを考え出しました。

社会起業家に?

当時、スポーツ雪合戦を携わっていた一部上場企業が行ったマーケットの試算は国内で全体で年間7,000万円規模でした。これでは、正直言って、産業として成り立たず、大手が撤退し地方の少子高齢化や温暖化そして過疎化が要因で雪合戦自体が疲弊衰退の一途をたどるしかない状況でした。

しかし、日本人の約80パーセントが何らかの形で雪合戦の経験が有りさらに日本発祥のスポーツと云う事を考えると何かスポーツビジネスをしたいと考えていた私には、”どげんかしたい” と熱いものがこみ上げてきました。2015年連休明け、とあるスポーツビジネスプランを駄目だしされた私は早速、この雪合戦に関する調査をファンと云う立場から俯瞰的に鳥のように見るアナライザーとして、問題点を直視して、長野の日本雪合戦連盟に行ってお話を聞き、これを残りの生涯を賭けて普及振興そして2030年代に冬季オリンピック種目採用までのロードマップを考えました。

起業に向けた準備

東京では、毎日のように展示会やビジネスセミナーなどが有り、主に朝活英語、東京都中小企業振興公社、丸の内にあるTIP’s(中小機構の出先機関)に通いビジネスとは、マーケティングって? じゃあ、マネジメントってどうすれば良いの? はたまた、ほとんどお金を使わずに千代田区飯田橋にある東京仕事センターでエクセルもワードもパワーポイントも出来なかった私がこれらを仕事でこなせるよう教えていただきました。また東京商工会議所や足立区の創業スクールで会計、マーケティングや事業計画を覚え2015年秋、やっとスタートラインに着く事ができました。

その頃の講師の先生ならび神田外語大学の大原恵治先生には大変お世話になりました。心から感謝申し上げます。

 

その2に続く(to be continued next )